特許権侵害の可能性を検討する方法について

 企業が、技術に関する製品やサービスを提供する場合、関連する特許業務には、権利化のための特許出願業務と、第三者の権利を侵害することを予防する侵害予防業務が含まれます。企業の知財部では、どちらも日常的に行われているのですが、特許部を持たない企業や、技術者、営業担当者、研究者には、侵害予防業務の実務は、あまり知られていないようです。
 自社の事業による第三者の特許権侵害可能性を検討する方法を、技術者、営業担当者、研究者が知っておけば、迅速、円滑な侵害予防につながり、侵害リスクを低減させることに役立ちます。

 新規事業立ち上げ前には、原則、自社の事業による第三者の特許権侵害可能性の検討を行うことが推奨されます。
 具体的には、
・特許公報の先行調査を行い、事業に関連のある公報をピックアップし、
・ピックアップされた特許公報の請求項と、自社実施内容とを対比します。

 侵害可能性の初期的な検討は、以下の手順で、自社の実施内容と、対象特許の請求項とを文言上対比することにより行います。
  ➀ 自社が実施する内容を文章で特定する(一般に「イ号」と呼びます)。
  ➁ 対象特許の請求項を要件ごとに区切る。
  ➂ イ号を要件ごとに区切る。
  ➃ 対象特許の請求項とイ号とを対比する。イ号が、対象特許の請求項の要件すべてを文言上
    備えている場合は、文言上侵害。対象特許の請求項の要件のうちいずれかを備えていない
    場合は、文言上非侵害。

 特許の請求項には、「独立項」と「従属項」があります。従属項は、「請求項1又は2に記載の…」のような、前出の請求項への引用を含む請求項であり、独立項は、このような引用を含まない請求項です。従属項は、引用する独立項の要件に、さらに、当該請求項の要件を追加して、独立項の範囲を狭めます。従って、一般に、独立項の侵害に該当すれば、その独立項に従属する従属項の侵害にも該当することとなるため、独立項について侵害の可能性を検討すればよいこととなります。

 具体的には、次のように検討します;

独立項/従属項

請求項(要件分け)

請求項の範囲

 請求項1

 独立項

A 地磁気センサが搭載された携帯電話機が載置される携帯電話機の卓上ホルダであって、
B 当該携帯電話機に対して磁束を発生させる磁束発生部を備えた
C ことを特徴とする携帯電話機の卓上ホルダ。

イ号が、A~Cすべてを備えると侵害。

 請求項2

 請求項1の従属項

D 前記磁束発生部は、前記携帯電話機に対して交互減衰磁束を発生させることによって、前記携帯電話機の着磁を弱めることを特徴とする請求項1 に記載された携帯電話機の卓上ホルダ。

請求項1+2が請求項範囲。
イ号が、A~Dすべてを備えると侵害。

(事例は、特許庁ウェブサイト 特許・実用新案審査ハンドブック附属書A 記載要件に関する事例集 事例30より引用)

 この事例では、例えば、要件A~C(各要件の全部又は一部)に、自社製品が実施していないものがあれば、文言上非侵害となります。言い換えれば、請求項1に含まれるすべての要件を実施しているときに、文言上侵害となります。

 特許権侵害成否の最終的な判断は、侵害訴訟が提起された場合に裁判所が行います。
 裁判所での判断では、
・文言上は侵害に該当しないが、均等論が適用されて侵害と判断される場合、
・対象特許の請求項が、特許成立前の審査の経過等を考慮して解釈される場合(包袋禁反言等)、
・対象特許の請求項が特許成立後に訂正されて変更されており、訂正後の請求項に基づいて判断される場合
などもあり、裁判所での判断が、対象特許の特許公報の文言に基づいた検討結果とは相違する可能性もあります。重要案件や侵害リスクの高い案件は、侵害可能性の検討を、専門家に依頼することが推奨されます。

 侵害の可能性をどの程度まで厳密に検討するのか、また、侵害可能性があると確認した場合に設計変更等で迂回するのか、それとも、他の方法で対処するのか等については、侵害可能性の検討結果、特許権者と自社のビジネス上の関係や業界でのポジション、自社の事業の規模、予算等を考慮して、総合的に判断する必要があると考えます。

弁理士 城田百合子